三宅登之 ― 文法を研究してますけど何か? ―

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2008年 09月 30日

読書メモ

英文法の疑問 恥ずかしくてずっと聞けなかったこと、大津由紀雄著、生活人新書、NHK出版、2005年

たまたま本屋で大津先生の本を見かけて新書で手軽に読めそうなので読んだ。

能動文と受身文のところで、これらは同じ意味ではなく、「形が違えば意味も違う」と述べたり、、また、

John taught the students French.
John taught French to the students.

の両者に大きな意味の違いがあることを述べたりするあたり(143頁)は、思わず認知言語学の入門書を読んでいるような感覚になった。
しかし第22話「日本語と英語の思わぬつながり」や、第25話「子どもはいったいどうやって英文法を身につけるの?」あたりは、著者の言いたいことが前面に出ているような気がする。

英語では「第X番目」という序数を直接たずねる方法がなく、「ケネディは第何代目の大統領ですか」というのは英語では言えないという例(186頁)は、だいぶ前にこのことを英語学をやっている知り合いに尋ねたら、実際には英語では普通にこう言うのだと言い方を教えてもらったのだが、肝心なその言い方を忘れてしまった…。
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by sanzhai | 2008-09-30 11:29 | 読書メモ | Comments(0)
2008年 09月 30日

市民球場

老朽化に伴い今季で閉鎖される広島市民球場で、広島カープのセ・リーグ地元最終戦があった。

http://www.asahi.com/sports/bb/OSK200809280044.html

私は生まれてから高三まで広島で育った。市民球場には時々野球を観にいった思い出があるので、懐かしい。
(広島市民はこの球場のことを「広島市民球場」とは言わず、単に「市民球場」と言う。ちなみにチーム名は「広島カープ」とも「広島」とも言わず、単に「カープ」と言う。)
可能性は残っているので、クライマックスシリーズに勝ち進み、日本シリーズで戻ってきて欲しい。

新しい球場については、ウィキペディアに既に「新広島市民球場」という項目があり、建築中の最新の画像などもあったりして驚き。
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by sanzhai | 2008-09-30 00:01 | 日々の気づき | Comments(3)
2008年 09月 28日

読書メモ

当代北京语言史话,金汕著,当代中国出版社,2008年

学術書というより一般書という感じの本だが、北京語について調べようとする時まず読んでいいのではないかと思える面白い本だった。言語学的に北京語の構造そのものを記述しているのではなく、書名からわかるように北京語の歴史や、最近の共通語と北京語の関係、文学における北京語の変遷など、興味深い記述が続く。

共通語の影響で北京語がどんどんなくなりつつあることが、多くの箇所で語られている。

从上个世纪50年代到70年代,一般北京的家庭北京话还用两种不同的语体,一种是在家庭里、街坊间以及和北京人来往时使用老北京话;另一种是在社会上、单位以及和外地人来往时使用的摒弃了京腔京韵的北京话,或者说是北京的“普通话”。到了80年代后,连这种区别都罕见了,当今的年轻人回到家中与父母也不会说老北京话了。(48页)

而真正还讲一些北京土话的是“大杂院的孩子”,但到了21世纪,在城市危房改造和居住条件大幅度的改善中,大杂院在以飞快的速度减少,即使存在的也不大讲了。他们的父母虽然是土生土长的北京人,他们仅仅局限在家里说老北京话,到了外面就不说,尤其年轻人有种观念,感到老北京话有些土,不像普通话那样现代和正规,所以他们说的“老北京话”只是应付他们的父母,他们的“老北京话”更不能传给下一代了。他们嘴里基本没有土腔土话,甚至不少北京人根本就听不懂。(53页)

年轻的新北京人说的北京话,越来越趋向普通话,当今的北京年轻人几乎是百分百的说普通话了。北京土话已经无可奈何地走向衰落。(54页)

北京語がどんどん消滅しつつある原因として、私なんかは漠然と“普通话”の普及(学校での教育、公の場での使用、テレビなどの影響)が原因だと思っていたが、そもそもなぜ北京で“普通话”を皆が使うようになったかという別の根本的な原因として、膨大な外来人口の流入現象を取り上げ詳しく解説しており、参考になる。
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by sanzhai | 2008-09-28 17:18 | 読書メモ | Comments(0)
2008年 09月 25日

“小姐”と“服務員”

今日も2つの会議で疲れているのだが、今日の朝日朝刊の「特派員メモ」が、呼称のことを書いていて面白かったので、記録の意味でその呼称の部分だけを書いておこう。

―――(引用始め)―――
 やってしまった。台湾から中国に出張し、上海から南京行きの新幹線に乗った。新聞を買おうと車内販売の若い女性に「小姐シアオチエ」と呼びかけた。女性は露骨に嫌な顔をして無視し、周りの数人の乗客が私の顔をじろじろ見た。
 小姐は「お嬢さん」の中国語。台湾では年齢を問わず女性に呼びかける時に使える便利な言葉で、口にしない日はない。だが中国ではクラブなどの接客女性を指す。車内販売の彼女はサービス係を意味する「服務員フーウーユワン」と呼ぶのが正しい。気をつけていたつもりだが慣れは怖い。逆に台湾で女性を「服務員」と呼んだら、これまた失礼になる。(後略)
―――(引用以上)―――
(2008年9月25日 朝日新聞 「特派員メモ」(野嶋剛)より引用)
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by sanzhai | 2008-09-25 23:29 | 中国語の疑問や気づき | Comments(6)
2008年 09月 24日

“狗”の量詞

実は前回の腕時計の量詞のエントリーで書いた場で、量詞に関してもう1つネイティブ間での意見の食い違いがあった。

あるネイティブが“狗”の量詞を“只”にしていた原稿を見て、別のネイティブが「犬の量詞は“条”じゃないのか?」と意見を出した。

これも言うまでもなく、規範的にはどちらも可。『现代汉语八百词(增订本)』巻末の「名词、量词配合表」でも、“狗”の量詞には“条”と“只”の両方が明記してある。

ああ、はい…前回やったから、またやりますか…Googleのヒット数ミニ調査。
“条狗”のヒット数:2,120,000
“只狗”のヒット数:3,550,000
例によって関係ない文字列も引っかかっているかもしれない。この数値の違いを有意味と見るかどうか。

両者が混在している例もあった。
病狗主人看到49条好狗,又已知50只狗里有病狗。
http://blog.csdn.net/awpatp/archive/2007/12/12/1931560.aspx
(↑ちなみにこのサイトでは両者がかなり混在して使われている。)

ディズニーの『101匹わんちゃん』、“101条斑点狗”と“101只斑点狗”どっちで検索してもかなりヒットするぞ。中国人は普通どっちの訳で覚えているんじゃ?
日本語だと、この映画のことを助数詞を変えて例えば『101頭わんちゃん』とは言わない。
(注:『明鏡国語辞典』(大修館書店)の「犬」の項目の「「一匹…」と数える。大きいものは「一頭…」とも」という説明を参照。)

さて、原稿を書いた方のネイティブの意見によると、犬の量詞はどちらもOKなのだが、“条”を使った場合は比較的大型犬で、“只”を使った場合は小型犬という使い分けがあるという。
(「101匹わんちゃん」は大型、小型?←しつこい)
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by sanzhai | 2008-09-24 23:49 | 中国語の疑問や気づき | Comments(10)
2008年 09月 22日

“手表”の量詞

ある場所で、“手表”の量詞を“只”としていた中国人の書いた原稿に対して、別の中国人が「“手表”の量詞は“块”だ。“只”は不自然だ。」と言っていた場面に遭遇した。

規範的にはどっちもOKだ。『现代汉语八百词(增订本)』を確認してみると、
・量詞“只”の“用于某些日用器物”の意味項目の箇所に“两只手表”の用例
・量詞“块”の“用于块状或某些片状的东西”の意味項目の箇所に“两块手表”の用例
がそれぞれ見える。

ちょっとGoogleでヒット数を見てみる。範囲は“简体中文网页”で、
・“只手表”の検索でヒット数が6,560,000
・“块手表”の検索でヒット数が2,590,000
だった。もちろん機械的な検索だから、全てが該当する語としてヒットしたわけではないが、それにしてもこの数字の違いは有意味的な違いだと思う。ほとんど同じ使用状況ならこんなに差はひらかないだろう。

ちなみに、一箇所の中で2つの量詞が両方とも使われている例もある。

今年10月,徐先生在新街口某商城花了四万多元购买了两块帝舵品牌手表,每只标价都超过两万元。(http://www.vekee.com/b91140/

あと、中国YAHOO!知識堂で

第一只国产手表是什么?
http://ks.cn.yahoo.com/question/1406122508656.html

と尋ねている人と、

我国第一块国产手表叫什么?
http://ks.cn.yahoo.com/question/1306080403357.html

と尋ねている人がいる。(笑)

地域差、年齢差とか、いろいろあるのだろうか。
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by sanzhai | 2008-09-22 13:47 | 中国語の疑問や気づき | Comments(2)
2008年 09月 19日

読書メモ

認知文法のエッセンス、ジョン・R・テイラー 瀬戸賢一著、大修館書店、2008年

サイトによってはJohn TaylorのCognitive Grammar(OUP,2002)の翻訳のような紹介をしているものもあるが、「はじめに」によると、この本は「翻訳でも抄訳でもなく、日本の読者のために著者二人が緊密に話し合い、新しい構想のもとに日本語で書き下した共著」だそうだ。
「やや中級向きの入門書」という位置づけだそうで、内容的には同じ大修館書店の「シリーズ認知言語学入門」の方が歯ごたえがある。個人的にはもう少し行為連鎖とか構文文法の方面での記述を読んでみたかったが、まあそれはあくまでも個人の興味の問題。
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by sanzhai | 2008-09-19 11:02 | 読書メモ | Comments(0)
2008年 09月 17日

意味の2つある文

またまた続き。大津先生が、予稿集にはないが、パワポで紹介された例文。

When did the boy tell his father that he hurt himself?

これは多義文なわけだ。「いつ言ったか」という解釈と、「いつ怪我した」という解釈。ところが語を1つだけ換えて、

When did the boy tell his father how he hurt himself?

になると、意味は1つに限定される。
まあ専門の方にとってはおなじみの現象なのでしょうが。
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by sanzhai | 2008-09-17 23:55 | 日本語や英語について | Comments(0)
2008年 09月 16日

推薦のあった論文

日本認知言語学会の続き。シンポジウムで大津由紀雄先生が、予稿集には出ていないが、以下のチョムスキーの論文を紹介された。

Chomsky,Noam. 2005. Three Factors in Language Design. Linguistic Inquiry 36:1–22.

図書館にコピーを取りに行かなくても、以下のLinguistic InquiryのサイトでPDFをダウンロードして読むことができる。
http://www.mitpressjournals.org/toc/ling/36/1

この論文は、生成文法の立場の人だけでなく、認知言語学の立場の人もぜひお読みになるといいと思う、と紹介されていた。
早速ダウンロードし、プリントアウトした。(←コピーを取ったりプリントアウトすると安心してしまい読まないいつものパターン(汗))
いつか読んでみようと思う。(←「いつか」って、いつだ!!(濁流汗))
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by sanzhai | 2008-09-16 23:30 | 日本語や英語について | Comments(0)
2008年 09月 15日

日本認知言語学会第9回全国大会

9月13日、14日に名古屋大学で日本認知言語学会第9回全国大会があったので出張してきた。

http://homepage2.nifty.com/jcla/

今年は研究発表の中で、実質的に中国語のセッションになっているような室があり、そこの司会をしてきた。

特に面白かったこと:
(1)第1日目のワークショップで「主観性―認知発達とメタファーとの関連から―」というワークショップに参加したが、その中で杉村伸一郎先生(広島大学)とおっしゃる発達心理学の専門家が、「乳幼児の空間認知における自己中心的反応」と題するお話をされ、こちらが素人だから新鮮に感じたのかもしれないが、非常に面白かった。実験の様子を紹介する動画に出てきた子供たちも可愛かったし…関係ないか。

(2)第2日目のシンポジウム「認知言語学の基本理念を再考する―<外>との対話を通して」で、大津由紀雄先生(慶應義塾大学)が「一生成文法研究者から見た「言語獲得の用例基盤モデル」」と題して、生成文法の立場から認知言語学の批判の話をされた。これがまた極めて面白かった。日本認知言語学会という学会のシンポジウムで、よくあれだけはっきりと、批判を展開できるなと感動し、他の学会でもこのように、違った立場の者同士が、どんどん遠慮なく議論を戦わせていけばよいのではないかと思った。時間が予定より超過し、質疑応答の時間になった時点で、私は新幹線の時間の関係で退席せざるを得ず、その後質疑応答でフロアとの間でどのような議論があったのか聴けなかったのが残念でならない。

あと、ポスターセッションというのは私は初めてだった。あれは、他の聴衆に対してもう説明が始まっていると、途中からしか聴けないし、逆に自分ひとりだけ聴きに行って説明が始まったりすると、面白くないなと思っても途中で立ち去るわけにいかず、ちょっと微妙な形態だなと思った。

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繁華街の中にいきなり観覧車がありました。名古屋の人にとっては珍しくないんでしょうが…けっこう度肝を抜かれました。(またピンボケですね。)

学会の全国大会は私にとっては至福の時である。
実に面白い研究発表をたくさん聴けて、自分自身の研究へのヒントにもなるし、直接ヒントにならないテーマでも、「みんなああやって頑張って研究発表しているのだから、自分も負けないように研究して発表していかなきゃ」と、俄然元気が出てくる。(←普段元気ないんかい。)また、本や論文で名前だけ知っていた人を直接見て「ああ、あの人が○○先生か!」となる瞬間も面白い。
そう、普段の雑務等で疲弊していても、学会でパワーをもらってまた頑張れる感じ。今回もたくさんパワーをもらいました。
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by sanzhai | 2008-09-15 23:14 | 日々の気づき | Comments(0)