三宅登之 ― 文法を研究してますけど何か? ―

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2012年 11月 03日

“吹风”と“刮风”

先週の大学院の授業で話題になったのですが、“吹风”と“刮风”のちがいがよくわかりません。
中国人留学生たちに聞くと、“吹风”はそよ風が肌に触れる感じ、一方“刮风”は風が強い感じらしいのですが、次の例はどうでしょう。『汉语动词用法词典』の“吹”の例文です。主語が“大风”“狂风”になっています。

大风把棚顶上的油毡吹下去了。

これは、

大风把棚顶上的油毡刮下去了。

とも言えるそうです。また、

狂风把帐篷顶都吹起来了。



狂风把帐篷顶都刮起来了。

とも言えるらしいのですが、微妙な意味のちがいがあるのかどうかが、外国人にはよくわかりません。
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by sanzhai | 2012-11-03 00:46 | 中国語の疑問や気づき | Comments(4)
Commented by duoduo at 2012-11-08 01:13 x
 微妙な意味のちがいを感じていますが、難しいですね。
 まず、私の頭に入っている中国語の語彙には“吹风”という言葉はなかったです。“刮风”を調べると、一つの言葉として登録している辞書が少なくないみたいです。
 次に、確かに、、“吹”と“刮”に風の強さの違いを感じていますが、それがポイントではないような気がします。というのは、そよ風が肌に触れる感じくらいなら、“吹风”という言葉もないし、“刮风”も大げさでたぶん使えないと思うので、次のような

今天有一点風 

存在表現を使うのが中国語らしいではないかと思います。
 
Commented by duoduo at 2012-11-08 01:13 x
上記の文の違いは、たぶん吹と刮の行為の意味の違いにあるのではないかと思います。吹はそもそも吹笛子、吹気球のように、人間が口で気流を出すという行為を表す。笛を吹く経験のある人ならわかると思いますが、口から出す気流はコントロールできるものであって、体で「見える」物体のようです。そのため、风は吹と一緒に使う場合、大風でも、狂風でも、その風の気流のイメージが鮮明に感じている。厳密ではないが、移動で考えると、起点と経路がプロファイルされているような感じです。
 刮の場合は、語彙化しているので、私の中であまり鮮明なイメージがありません。感覚的には、吹は移動で考えられますが、刮は移動ではなく、人の触覚を言っているような気がします。たとえば、弾が耳を擦ったような触覚。風の場合、人の皮膚がこのような触覚を起こす場合、もうそよ風以上の強さがあるはずです。なので、吹と刮は、直接風の強さに焦点が当たっているのではなくても、強さの違いを感じたのはそこに原因があるのではないかと思います。
Commented by sanzhai at 2012-11-10 00:57
いつもありがとうございます。以下の“春风吹”という歌ですが、
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春风吹,春风吹,
吹绿了柳树,吹红了桃花,
吹来了燕子,吹醒了青蛙。(以下略)
―――――
これ、“刮”に変えると変なんでしょうね。
―――――
春风刮,春风刮,
刮绿了柳树,刮红了桃花,
刮来了燕子,刮醒了青蛙。
―――――
Commented by duoduo at 2012-11-10 13:01 x
―――――
春风刮,春风刮,
刮绿了柳树,刮红了桃花,
刮来了燕子,刮醒了青蛙。
―――――
面白くて笑いましたよ^^文法的にはいいでしょう。
春風の軽く、美しく、気持ちいいイメージと「刮」...とても相性が悪いでしょう。特別にこういう対比的な文学的効果を求めるのであれば、文法的にも間違いじゃないので、絶対だめとも言えないでしょう。


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