三宅登之 ― 文法を研究してますけど何か? ―

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2010年 01月 29日

“三心二意”

“三心二意”の語釈に「優柔不断」と書いてある日本の辞書がけっこうあります。
先日ある中国人に、

“三心二意”は「集中していない、気が散っている」という意味であって、「優柔不断」という意味ではない。「優柔不断」は“优柔寡断”である。

と指摘されました。その後複数の中国人に確認してみても、そのような違いがあるとのコメントをいただきますので、どうもそのようですね。


「ああ、それぞれそういう意味なんだな」と、私はスッキリしたのですが、ところがあんまりすっきりしないのが『现代汉语词典』の語釈です。

【三心二意】形容犹豫不决或意志不坚定,不专心
→この語釈中の“犹豫”の意味を調べると“拿不定主意”とあります。

【优柔寡断】办事迟疑,没有决断
→この語釈中の“迟疑”の意味を調べるとやはり“拿不定主意”とあります。

ん?結局両者とも“拿不定主意”という共通の意味は持っているのか…な?
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by sanzhai | 2010-01-29 17:30 | 中国語の疑問や気づき | Comments(5)
Commented by duoduo at 2010-01-29 20:02 x
三心二意は1.「集中していない、気が散っている」という意味でめんに使われていると思いますが、2.形容犹豫不决或意志不坚定,不专心
の使い方もあると思います。
たとえば、
他总是三心二意的,今天和小王好,明天和小张好的。
他这个人总是三心二意的,一会想考公务员,一会又想去企业。

調べてないんですが、私の記憶には1の意味は成語典故があるらしくて、ある意味では語彙化してるんで、よく子供を教育するときに使うから、使用頻度が高いと思います。

上课的时候要认真听讲,不准三心二意。とか

そういうわけで容認度が高いじゃないかな~と思います。

Commented by duoduo at 2010-01-29 20:04 x
2の意味はたぶん元の意味じゃないかな~と思います。

三心二意是佛教的名词,法相宗里面讲的—心一意、识叫三心。心是阿赖耶,意是末那,识是前六识。就是我们说的八识称之为三心。二意—末那是意根、第六是意识,八识里面这二种叫二意。诸位读百法明门论就晓得,八识、五十一心所,都排列在有为法,金刚经上‘一切有为法,如梦幻泡影。’三心二意都是有为法,不是真的。但它是真性所现,知道它不是真的就行了,就晓得性相一如、真妄不二,就能够归一了,这个就是佛知佛见。

心と意志をいろんなところに分けると集中できない(集中して何かをするではなく、つまり1の意味まで拡張しない)、その人の意欲とか、欲張りなどをさすと思いますが、こういう意味での

形容犹豫不决或意志不坚定,不专心
Commented by duoduo at 2010-01-29 20:14 x
优柔寡断の办事迟疑,没有决断は漢字からわかるように、思い切りが悪くて、なかなか決断がつかない。人の性格を指すと思います。ある意味では、表面上のもので、性格とやり方だけの問題だと思います。

三心二意はそれより深くて抽象的で人柄までいってると思います。

Commented by duoduo at 2010-01-29 20:23 x
“三心二意”の語釈に「優柔不断」と書いてある日本の辞書がけっこうあります。

ですので、最初の結論の言い方について、?ではなく、*だといいたいです~
Commented by sanzhai at 2010-02-02 23:09
ありがとうございます。
この問題、じっくり考えてみたいのですが、あれこれとしなければならないことがあって、三心二意です…。


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